■夢の29 石森氏の外国みやげ話
2000.11.12日号
モノクロ24頁
別冊「こじきおうじ」は、今、満賀道雄の手にある。つらかった執筆の日々も途中から楽しくなり、 描き上げてしまうのが惜しい気持ちになりながらの完成であった。 そしてその作者の気持ちが読者に伝わり、それこそが漫画の力である。という事を実感していた。 以前別冊の依頼に穴を開けてしまった時の事を振り返り、二度と失敗の無い様にと才野茂と誓ったのであった。 そんな時、石森氏が二ヶ月近くの世界一周旅行から帰って来た。 トキワ荘の面々の前で語られた土産話は光輝いていたが、夢物語を実現した石森氏と自分を比較して1人落ち込む満賀であった。
■夢の28 完 成
2000.9.12日号
モノクロ28頁
満賀道雄と才野茂の元に1通の絵はがきが来ていた。石森氏は今ニューヨークに居る。それは2人にとって夢の様な事だった。 話題は漫画の事へと移る。満賀道雄は80頁という長編を手がけている最中であったが、 以前幾つもの原稿を1度に落としてしまった失敗を反省し、じっくりとしかし着実に漫画を描き進めていた。 そんな折風森氏に奥多摩のキャンプに無理矢理連れてかれてしまう。満賀は2日間家を空け原稿を遅らしてしまった。 しかし満賀は1人では無い。才野氏がフル稼動で手伝ってくれたのだ。そして2人は出来上がった原稿を前に朝日を見つめていた。
■夢の27 トキワ荘の宴会
2000.7.12日号
4色カラー4頁・2色カラー4頁・モノクロ22頁
その日、トキワ荘の1つの部屋にいつもの仲間が集まっていた。 テラさん特製のキャベツいためと、チューダーでかんぱい。 新漫画党の宴会はこうして決まってテラさんの部屋で開かれ、映画の話で盛り上がった。 そこに手塚治虫も登場し自らがアニメーションをやりたいと熱く語り、 石森氏はまだ姉の死のショックから抜け出す事が出来ず、外国旅行へ出かける事に決めた。 漫賀道雄は木造アパート4畳半の部屋で外国の物語を描いていた。 みんなそれぞれ自分の青春を一生懸命生きていた。漫賀道雄は今自分に大切な事はこの漫画を描き上げる事だと胸に誓ったのであった。
■夢の26 3回目のご対面
2000.5.12日号
モノクロ24頁
80ページの別冊に取り組む満賀道雄。手塚先生や石森氏の様にペンタッチの早くない満賀はそれをうらやむ。 しかしいくら沢山のページを描きこなさなければならないとて、書き流してはいけない。 シンケンに読んでくれる読者に対して、シンケンに描いて報いなければならない。テラさんは諭した。 翌日、才野と2人で「こじきおうじ」の進め方について討議し、その後のペンも快調に進んだ。 そして久しぶりにテラさんと飲みに行く。そして満賀は3度「上海ローズのリリー」に会いに行ったのだ。
■夢の25 あたらしい挑戦
2000.3.12日号
モノクロ24頁
学習雑誌の担当者から呼び出しがあった。満賀と才野は期待を胸に二人そろって出版社を訪れた。 そこで頼まれた仕事は、マーク・トウェイン原作の「こじき王子」の漫画化である。 それは突然の大仕事であった。二人にとっては天文学的な80頁の別冊附録。 そのボリュームの大きさに二人はそれをどう描き上げるか相談した。 筆の遅い二人は悩んだ。引き受けるべきか断るべきか・・・。しかし覚悟は決まっていた。 二人はけして一人きりではない、二人で一人の漫画家。一緒に漫画を描くもう一人の自分がいてくれる。 一緒に明日を向かえてくれる相手がいるのだ。
■夢の24 きみのいる夜 うれしい夜
2000.1.12日号
モノクロ24頁
またあの人がトキワ荘に来た。満賀と才野が超人と呼ぶ人物、手塚治虫だ。 編集者の目の届かない場所でネームを入れにと満賀の部屋に訪れたのだ。 満賀は手塚先生を気遣い才野の部屋に行き、そこで満賀と才野は、 壁一つ隔てた向こう側にその超人が仕事をしている事を夢の様に感じていた。 仕事を終え才野の部屋に来た手塚先生は二人の仕事の近況を聞き、 一般社会での漫画の認識を高めるためにももっとバリバリ漫画を描かなくてはと諭した。 そして二人は「少年漫画界にパワーを」、その言葉をトキワ荘にの多くの仲間と共に強く噛み締めていた。

制作-川路康裕-
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