サル
平成11年分(No.3〜No.14)

平成10年分(No.1〜No.2)/ 平成12年分(No.13〜No.16)/ 平成13年分(No.17〜No.20)/ 平成14年分(No.21〜No.25)/ 平成15年分(No.26〜No.29)/ 平成16年分(No.30〜No.34)/ 最新分

単行本収録 未収録


HOLE NO.12 ツキもゴルフのうち! 1999.12.10日号
モノクロ24頁
第2ホールのピンチにギブアップをうながされるも、決して勝負を諦めるような猿ではなかった。 しかし、猿の渾身の一打は無情にもカップの縁にはじかれて底を鳴らす事は出来なかった。 不利な戦いの中、かおりは猿にゲームの中止を求めるが、闘志に燃えた猿はそれを退け次のホールへと進んだ。 向かえた第1打を外したミスター・シンシンに対して、猿のボールはミスター・シンシンのボールにぶつかり幸運にもカップに吸い込まれた。 強者は運をも見方にする。コースの全貌を全く知らず大きなハンディを背負った猿は、ツキを見方にしてそのハンディを克服した。

HOLE NO.11 絶体絶命! 1999.11.10日号
モノクロ24頁
バンカーに生い茂ったラフからの難度の高いパッティングだったが、運も手伝ってか、猿はみごとボールをカップへと沈めた。 それに比べてコースを知り尽くしたミスター・シンシンのボールは打ちやすい場所に転がっていた。 その不公平さを指摘し勝負をやめるように持ち掛けた香織だったが、猿はそれを制した。 これは勝負だ。勝負は相手に有利な情報を知らせるほど甘くない。 猿はそんな事はもちろん分かっていたし、それを逆に楽しんでいるかの様でもあった。 しかし再び猿の前に立ちはだかる難コースは、猿を絶体絶命のピンチへと陥れた。

HOLE NO.10 マコンデ 1999.10.10日号
モノクロ24頁
猿の噂はもう伝わっていた。ゴルフショップのオーナーは自己紹介もしない猿の名を呼び、パッティング勝負を持ち掛けて来た。 そして彼、ミスター・シンシンと猿との31000ドルをかけたゲームは始る。 エレベーターに乗り地下パッティングコースへ降り立った猿は、そのオドロオドロしいコースの雰囲気に思わずうなった。 もはやこれはゲームでは無く戦いだ。そう感じていた。 マコンデの奇妙な像が見つめるホールでの第一打の猿のボールの前には、グリーンにもかかわらず深いラフが茂っていた。 しかし猿は次の一打を迷わずカップへ向けて打った

HOLE NO.9 フリーウェイ 1999.9.10日号
モノクロ24頁
弱肉強食の国アメリカ。ここでは常に飢えた猛獣どもが牙を剥き罠をしかけて潜んでいる。 アフリカのジャングルさながら、食うか食われるかの戦いが日常茶飯事の様に起こるのだ。 野生児猿はこの厳しい環境の中でさらにたくましく成長していた。 取材陣に襲い掛かった暴漢共を、猿はたくみな身のこなしでノックアウトさせたのだ。 ここアメリカはチャンスも多いがリスクも多い。生きて行く為には自らを守るすべを知らなければならない。 そして猿は影のトーナメント会場に到着するのだが、ゴルフショップで猿は突然パット勝負を持ち掛けられた。

HOLE NO.8 危険なハイウェイ 1999.8.10日号
モノクロ24頁
猿は自らキャディーの座を降りた。それは、ライツがすでに猿無しでも本来のゴルフを取り戻しているという事もさておきながら、 猿自身キャディーとしては無く、プロのゴルファーでもあるからであった。 しかも猿が次に参加するツアーは、普通のツアーとは異なり影のプロゴルファーが秘術を尽くして死闘する「シャドウトーナメント」だというのだ。 そして香織ら記者達は猿の取材をすべく一緒について行く事になる。 しかしそのトーナメント会場に行く途中でとんでも無い事態に遭遇する事になろうとは、 アメリカ初心者の記者達には予想だにしなかった。

HOLE NO.7 ライツ新生!! 1999.7.10日号
モノクロ24頁
ゼップ兄弟は呼吸を乱し、同時にスコアも伸び悩んだ。それとは対照的に、ライツは自身溢れるプレーで驚異の快進撃を続ける。 その野生的な風貌の男は一人のゴルファーを再生へと導き、正に一体化していた。 コースの起伏を見定めてゴルファーと共に戦略を立てるのがキャディの仕事だが、 時にはゴルファーの感情の起伏までをコントロールしなければならないのだ。 ところが、ライツがハーフをプレイし終えた時猿は突然姿を消した。 代わりにライツのバッグをかつぐ事になったのは、一度キャディの座を降ろされたビルであった。

HOLE NO.6 信頼の褒賞 1999.6.10日号
モノクロ24頁
サミイ・ライツのトーナメント本番初日。一緒に周るのは練習ラウンドを共にし、 弟をキャディに据え絶妙なタッグが光ったトーマス・ゼップだった。 目の前でスーパーショットをかましたゼップだったが、ライツは全く動じなかった。 失敗を恐れずエンジン全開のライツのドライバーは、ゼップのボールをアウトドライブしていた。 ライツとサルは一体となり、次々と攻めのゴルフを展開し、見事イーグルをもぎ取った。 それは正にプロとキャディがお互いの信頼によって勝ち取った褒賞であった。

HOLE NO.5 ミスター・ライツの再生! 1999.5.10日号
モノクロ24頁
難癖を付けて来た男をのめしたサルは、再びバーの椅子に腰掛けた。 一緒に飲んでいたサミー・ライツは自分のゴルフを反省し、サルに再びキャディーを頼みこむ。 そして翌日コースに出た二人だが、サルはまだ、ライツのゴルフが思い切りに欠けた確実性を求めるゴルフだと感じた。 今のライツに必要な事はクラブを振りぬく事。サルにキャディーを辞めて欲しく無いライツはその指示を受け入れる。 そして指摘通りにおもいっきりメタルウッドを振りぬいたライツは、その手応えに会心の笑みを浮かべた!

HOLE NO.4 まぼろしのプロテスト 1999.4.10日号
モノクロ24頁
ホテルの一室で記者「香織」達に20年前のプロテストでの真相を語るサル。 心身とも限界に達しながらも我慢のゴルフを続け、規定合格打数にただ一人達していたサルはプロテストに合格しているはずだった。 しかし悪天候の中での厳しすぎる条件にクレームがつき、プロテストをやり直す事になってしまったのだ。 サルは再びテストを受け直す気力も無く、日本を旅立つ。そしてここアメリカでサルの精神は再び始動する事になった。

HOLE NO.3 キャディVSプロ 1999.3.10日号
モノクロ24頁
「サミー・ライツ」は自分を過信していた。彼は彼のゴルフスタイルを貫き、それが彼自身のスコアの伸び悩みの原因だった。 練習ラウンドを一緒に周った「ゼップ」は攻めのゴルフで惜しくもイーグルを外してのバーディ。 一方ライツは守りのゴルフでやっとのバーディ。 練習ラウンドでさえ挑戦しようとしないライツのゴルフはサルのゴルフとは合わず、サルはキャディを降りた。 ゴルフは闘争のゲームだ!というサルの信念は変わっていなかった。

HOLE NO.2 プロ・キャディ サル 1999.2.10日号
モノクロ24頁
ドライビング・コンテストにおいて350ヤードをかっ飛ばし、観衆の度肝を抜いた「サル」。 しかし彼がここにいるのはゴルファーとしてでは無く、キャディとしてであった。
トッププロであったはずの「サミー・ライツ」もこのトーナメントに名を連ねていた。 彼はここの所のスランプでシード権を失い、若手中心のこのトーナメントに落ちて来たのだ。 そして、サルはキャディとして彼のゴルフバッグを担ぐことになる。

HOLE NO.1 PRO GOLFER-SARU 1999.1.10日号
2色カラー4頁・モノクロ26頁
そこはアメリカ1999年 オレゴン州 ポートランド。ここで行われるゴルフ・トーナメント「ナイキツアー」。 雑誌記者の「香織」は、1978年にプロテストに合格しながら突如行方をくらました、天才ゴルフ少年を追いかけここまで来ていたのだ。 にも関わらずトーナメント組み合わせ表に「サル」の名は無かった。 しかし、サルは現れた。荒々しい風貌にたくましい肉体。 より高く、より高く……サルの新天地での夢とロマンをこめてボールはアメリカの空に舞いあがった!


川路 康裕 (Yasuhiro Kawaji) info@ffgallery.com

新規掲載日-1999.04.02- 最終更新日-2000.02.25-

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